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令和8年度八雲町平和学習事業派遣団「平和の誓い」

印刷 文字を大きくして印刷 更新日:2026年8月15日更新

令和8年度八雲町平和学習派遣事業を実施しました

原爆ドーム・とうろう流し

八雲町では、八雲町の核兵器廃絶平和都市宣言(平成20年3月21日)に基づき、町内の中学生へ平和の大切さを学習してもらい、八雲町における次世代への平和教育の普及と振興を図ることを目的として、人類史上最初の原子爆弾が投下されたまち、広島県へ生徒を派遣する「八雲町平和学習事業」を実施しています。

被爆者の高齢化が進む中、被爆体験の風化や若い世代を中心とした平和意識の低下・希薄化が強く心配されています。
この夏、5人の派遣生徒たちは広島でどのようなことを学び取り、平和について何を考えたのでしょうか。

帰町後、派遣生徒が作成した「平和の誓い」を、下記のとおり八雲町ホームページに掲載します。

 

平和の誓い

 

私達は、八月五日から七日の三日間、広島市を訪れました。それぞれの場所で感じた一人一人の思いを発表します。


一九四五年八月六日は、雲一つないとても天気の良い日でした。
そのような気分が晴れ晴れする平和な日に、一発の原爆が投下され、すべての当たり前な日常を一瞬で奪っていきました。

今年の平和記念式典の会場では、とても厳粛な空気が流れており、式典が進むたびに心が締め付けられ、一言では表せないような感情が押し寄せてきました。
また、黙祷が始まると会場は静まり返り、平和の鐘の透き通った音とともに平和について深く考えさせられ、この一分間、この一瞬で多くの人が亡くなったと考えると心が痛くなり、二度とこのような惨劇は繰り返してはならないと固く決意しました。

原爆投下から八十一年経過しましたが、戦争や原爆の悲劇は現在まで語り継がれています。
今までの僕は、伝えられる側でした。
しかし、今回の平和学習で経験したことや学んだこと、聞いたことなどをもとに伝える側に立って、身近な人や地域の人に八十一年前に起こった惨劇を伝えていき、この先ずっと人々に忘れられないようにしていきたいと思っています。

 


 

私は、広島で全国こども平和サミットを見学し、被爆者の方から原爆の被害を直接伺いました。その前日に平和記念公園内の見学を済ませており、原爆の被害や悲惨さは知っているつもりでいましたが、直接聞く言葉は、より一層心に響き、強い印象を残しました。

様々な場所から集まった子どもたちが、今の私と同じように平和の誓いを述べました。
会場に参加する者の気持ちは、きっと皆同じで、もう原爆の落とされることのない平和な世界が築かれることを祈っていました。

 たった4.4トンの原爆は、一瞬にして広島の広大な範囲に住む人々およそ十四万人の家屋を、家族を、暮らしを、思い出を、そしてその後の幸せな未来を焼き切り、吹き飛ばしました。
その爪痕は八十一年たった今でも残っています。

今回の機会を通して、核爆弾がもたらす悲劇を再び繰り返してはいけないと私は強く思いました。
私達は、被爆者の方からのお話を直接聞ける最後の世代であるそうです。私は、これから先、学んだことを自分の中だけに留めず周りの人々にも伝えていきたいと思います。

 


 

私たちは、広島へ行き改めて原爆の恐ろしさを文字だけでなく、実際の建物やガイドの方や語り部の方のお話から、より詳しく、リアルに学んできました。

平和記念公園内では、戦死してしまった兵隊の方々が、亡くなる寸前に「水を飲みたい」と言っていたことから、水のモニュメントが沢山設置されていました。他にも、広島平和都市記念碑越しに原爆ドームが見えるように工夫して設置されていたりなど、公園内の設計にも人々の平和の願いが表現されていることを教えていただきました。

ガイドの方や語り部の方から、核兵器や戦争の愚かさや悲惨さを多くの人へ伝え、二度と繰り返さないことが大切だということを学びました。

私は、今回、学ばせていただいた平和の大切さを被爆した方や遺族の方々のため、そしてこれから生きていく私たち自身のためにも、より多くの人へ伝え、より多くの人が平和について、戦争をなくす方法について考えるきっかけを作りたいと思います。

 


 

僕が資料館の見学を受けて感じたことは、大きく二つあります。

一つ目は、家族の大切さです。被爆して亡くなられた方々には、みんな大好きな友人や、家族がいたはずです。そんなエピソードを聞いた後の資料館は、「自分たちの国に原子力爆弾が投下されたら、こうなってしまうのだ」という、平和から遠ざかった未来の想像をさせられました。本当に今を失いたくないと強く感じ、平和に対しての意識が根底から覆りました。

二つ目は、原爆を落とされた人々の様子の悲惨さです。資料館に入ると、外国人の方なども多く、みんな真面目に、静かに人類の過ちを目で見て感じているのがわかる様子でした。とっても見るに耐えない写真の数々で、入る前まで写真をいっぱい撮るつもりでいた僕ですが、写真を撮るのすら躊躇するほどでした。見ているだけで精一杯なものも多かったです。

以上の理由から、原子爆弾は、今を奪ってしまう最悪な兵器だと感じ、そんな兵器が今も数万個と世界に存在している事実を受けて、とっても悲しい気持ちになりました。この資料館を見て、平和の考え方を見直し、次の世代に繋ぐべきだと思いました。

 


 

私は平和学習を通し、「平和とは何か」を深く考えました。以前は「戦争がなければ平和だ」と思っていましたが、被爆者の方々の言葉や、ガイドさんのお話を聞き、考えが変わりました。

完全に平和な世界を作るのは難しいかもしれません。しかし、そこに近づけることはできます。問題が生じた際、力で解決しようとするのではなく、話し合うことが第一歩です。もちろん、話し合いだけで全員が完全に納得する答えを見つけるのは困難です。だからこそ、自分の意見を押し通すのではなく、相手の話に耳を傾け、お互いが納得できる最善の道を探す姿勢が大切だと感じます。

国同士の意見の違いも、平和的な対話で解決できていれば、広島のような悲劇は起きなかったはずです。過去は変えられませんが、過去から学び、繰り返さないために行動することはできます。皆が同じ考えになる必要はありません。違いを認め合い、歩み寄ることこそが平和につながるのだと思います。

広島で学んだことを過去の出来事で終わらせず、身近な人に伝えていくこと。そして私自身が相手を尊重し、対話を大切に生きていくことをここに誓います。

 

令和八年八月十五日
八雲町平和学習事業 広島派遣団

 

(参考)広島での学習プログラム

 (1) ボランティアガイドによる平和記念公園内の慰霊碑・施設等の解説
 (2) 町内小中学校・町民から寄せられた千羽鶴の献納
 (3) 平和記念式典に参加
 (4) 第2回全国こども平和サミットに参加
    (被爆体験講話の聴講、若い世代による平和への取組に関する発表など)
 (5) とうろうピースメッセージの作成
 (6) 平和記念資料館の見学
 (7) 本川小学校平和資料館の見学

事業主催者

八雲町平和学習実行委員会(八雲町教育委員会社会教育課内)
八雲町末広町154番地 電話:0137-63-3131

 

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