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やっほー!しげちゃんです。
企画展で展示中の木彫り熊の紹介と、市立函館博物館で開催中の企画展の紹介です。

まず、八雲町木彫り熊資料館で開催中の企画展「浜田コレクション展」に展示している木彫り熊をば。

リュック熊
リュック熊
大きさは手のひらに乗るサイズです。

このリュックを背負っている熊ですが、実は部品が足りません。何か持っているように見えますよね?これ、スキー板をもっていたと思われます。
この姿とほぼ同じで、スキー板を担いでいる木彫り熊があるので、おそらくこの作品もスキー板をもっていたのではないかと…。作者は茂木多喜治(北雪)です。

リュックもうまく彫られていてかわいいこの作品、見れるのは11月6日までです。

 

11月6日までの展示といえば、市立函館博物館で開催されている展示は皆さんご覧になってますでしょうか。

新収蔵資料展」では、砂沢智一郎が作った木彫り熊が展示されています。

砂沢智一郎

砂沢智一郎は雨竜町伏古出身のアイヌです。
函館で1952年に北洋漁業再開を記念して開催された「北洋漁業再開記念北海道大博覧会」の「アイヌ館」で木彫りの実演をしていました。その時の木彫り熊が、この作品で、靴墨で色を付けています。

 

また、合わせて開催中の「本館開館とコレクション資料」では、八雲町ユーラップアイヌのリーダーであった椎久年蔵氏が所有していた資料が展示されています。
椎久コレクションと呼ばれるこの資料群が全点展示(現物資料が展示できないものは、写真パネル展示)されていますので、ぜひご覧ください。

よろしくどうぞー!

浜田コレクション展と函館市博の企画展2本、期間が一緒だってこと、今頃気が付いた…投稿者:しげちゃん)

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今日の梅村庭園&『カイ』でまちあるき公開

カテゴリ : 
梅村庭園
執筆 : 
八雲町 2016-10-26 21:08

やっほー!しげちゃんです。
先週水曜から北海道マガジン「カイ」にて始まった、八雲町の特集「まちぶらNAVI」。毎週更新で、今回公開されたのは「まち歩き(まちの歴史的スポットと野鳥の紹介)」。
スポットを紹介している「まちあるきガイド八雲語りべの会」は、交流人口拡大のために設置された異業種交流部会のまちあるきチームから発展的にできた組織で、町内に散らばる尾張徳川家や木彫り熊に関連したスポット巡りを行っています。
なお、カイでオオワシ・オジロワシの写真が出ていますが、今年はといいますと、まだオオワシは八雲に飛来していないそうです。オジロワシはちらちら見れるそうですよー。

 

さて、紅葉深まる梅村庭園。
今週が見ごろになっています。

もみじ

日によく当たる場所はもう真っ赤。

天気予報によると、次の日曜日がすごく冷え込む(もう0度!?)みたいですので、その後どんどん散っていってしまうかも…

風が穏やかだと、水面に映る紅葉もきれい。

紅葉

先週と同じ場所で撮ってみましたが、確かに緑がなくなってほぼ黄〜赤になってます。

もみじ

明治末ごろに建築された「離れ」から見る紅葉も、またよし。

離れからの景色

そしてなぜか散らずに咲いてる、あじさい。

あじさい

ずっと咲きっぱなしだそうです。園内にありますので、探してみてね。

梅村庭園の入園料は無料ですので、ぜひお立ち寄りください。

また、今週末は文化祭が隣りの公民館で開催されます。
木彫り熊講座生の作品も展示されますよー。

よろしくどーぞ。

(投稿者:しげちゃん)

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やっほー!しげちゃんです。
今週水曜から、北海道マガジン「カイ」にて、八雲町の特集が始まっています。
まちぶらNAVI」という特集で、今回公開されたのは「まちのプロフィール(八雲全体の話)」と「むかしむかし(木彫り熊の話)」。資料館も取材していただきました。
これから毎週水曜日に記事が公開されていきますので、お楽しみに!
なお、「カイの小窓」では、このブログもご紹介いただいております。拾っていただきありがとうございます。
…関連記事を、早く増やさないと…

 

と、木彫り熊のネタを振りつつも、ちょっと前(19日)の梅村庭園の様子をお伝えします(…実はいま、ネタが、玉突き事故状態…)。
町指定文化財で、北海道では珍しい池泉回遊式の庭園、梅村庭園。

色づいた紅葉があれば…

梅村庭園1

まだ色づきはじめた紅葉もあり…

紅葉

大人気の鯉と紅葉のショットや…

紅葉と鯉

コンクリート灯篭(建てられた当時はコンクリートが珍しかったのです)と紅葉のショットも…

燈籠と紅葉

いろんな景色を探してみてください。

なお、紅葉は例年よりちょっと早めな感じ(来週ぐらいにピークかなぁ)がしています。

ただし、台風10号の被害で、庭園の巨木が3本倒れたり倒れかかったりしました。今でも梅雲亭から対岸を見ると、根っこが持ち上がっているのが分かるかと思います。近くで見ると、ごらんの通り。

切り株

現在のところ安定していますが、近づかないようにお願いします。

 

あと、資料館の企画展『坂本直行絵画展』の紹介が、NHKで放送されました。

そのニュースはこちらからどうぞ(来週月曜日まで見れると思います)。

反響がものすごく、放送された当日に札幌からこの展示を見にいらっしゃる人もいます。
4月末から毎月作品を入れ替えて展示してきましたが、10月30日(日)が最終日です。

よろしくどーぞ。

(投稿者:しげちゃん)

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慶勝由来の鎧を紹介【常設展で展示中】

カテゴリ : 
郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2016-10-20 22:04

やっほー!しげちゃんです。
今朝、再放送された『英雄たちの選択 明治維新 知られざるデザイナー 〜尾張藩主 徳川慶勝〜』は、ご覧いただけましたでしょうか。
今回は、常設展に展示している、慶勝由来の資料を紹介します。

鎧

これは、常設展に展示している二枚胴具足。八雲の移住者で元藩士の岡野頼の鎧です。

慶勝(当時は慶恕)は、1849年に尾張藩の14代藩主となると、1851年から藩の財政再建や軍政改革を行いました。
ペリー来航以前に開国を求めて外国船がやってくるという情報を手に入れていた慶勝は、国を守るため、特に海防力強化を重視し、知多半島の師崎と内海に砲台を築き始めました。いわゆる鎖国を続け、外国勢力と渡り合える軍事力を整備することが必要と考えていたのです(のちに天皇と幕府を結びつけたうえで開国し、諸外国から技術を取り入れて国力を強化する方針に転換します)。

1854(安政元)年に砲台が完成すると、沖に船を2隻離して浮かべ、それぞれの船の帆先から綱を張り戸板を取り付けて的とし、試し撃ちを行いました。この射手に選ばれたのが当時22歳の岡野頼で、最初の一発で命中させました。
これを見た慶勝は大変喜び、頼に徳川家に保存されていた鎧の材料一式を下賜し、その材料で制作されたのがこの二枚胴具足で、1859(安政4)年12月に完成したそうです。頼は、1868(慶応4)年の戊辰戦争の北越戦争(長岡城攻め)出兵時にこの二枚胴具足を着用しました。兜については、岡野家に代々伝えられてきたもので、江戸時代以前と考えられています。

今は資料として展示していますが、岡野家に伝来していた時は、毎年夏の土用の日に蔵から出して虫干しして手入れを行い、床の間に慶勝が書いた掛け軸「達心志」とともに飾り、御神酒を供えてから蔵にしまうことが年中行事となっていたそうです。

実物はぜひ郷土資料館でご覧ください。

よろしくどうぞー!

(投稿者:しげちゃん)

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徳川慶勝を取り上げた番組が10/20に再放送です

カテゴリ : 
郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2016-10-17 20:25

やっほー!しげちゃんです。
先週放送された『英雄たちの選択 明治維新 知られざるデザイナー 〜尾張藩主 徳川慶勝〜』は、ご覧いただけましたでしょうか。

 

アヘン戦争で敗北し、イギリスに多額の賠償金を支払い、欧米列強と不平等条約を結ばされた清(中国)の状況をいち早く知り、最初は外国を排除する方向性だった慶勝。

外国の実力を知ってからは、日本全体で一致団結して力を付けるのが重要と考えを改めます。

そして日本を二分した内戦がおこらないように、ひいては外国勢力を引き込まないように行動したことが、「芋に酔ひ候」と慶喜から皮肉られ、当時の朝廷・幕府だけでなく、後の歴史家やノンフィクション作家からも「弱腰」とされてきていました。

しかし、近年見つかった書簡などから見直しが進められつつあります。

この番組は、その「広い視野を持ち将来を見据えた決断をした慶勝像」に基づいていました。

…広い視野を持ち将来を見据えていたからこそ、明治維新後、旧藩士に授産の道をつけるため、また「国家之公益」のために北海道の遊楽部の開墾をさせ、その未来に期待して「八雲」という名をつけたのだと考えています。

さて、この番組、実は今週木曜日朝8時からNHKBSプレミアムで再放送します。
見逃した方は、ぜひご覧ください。
番組HPはこちら

なお、慶勝に興味が出てきた方は、『写真集 尾張徳川家の幕末維新』と『写真家大名・徳川慶勝の幕末維新』を読んでみてください。

参考文献

特に『徳川慶勝の幕末維新』わかりやすい解説でオススメです。
どちらも八雲町立図書館には入ってますので、ご利用ください(宣伝)

あと、英雄たちの選択を見ていると、とある人の後ろに『尾張徳川家の幕末維新』の背表紙が出てきたりするので、探してみましょう。
私は見つけてニヤっとしてました。

よろしくどうぞー!

(投稿者:しげちゃん)

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講演と木彫り熊展示と、来週からの連載記事と。

カテゴリ : 
郷土資料館
執筆 : 
八雲町 2016-10-14 18:58

やっほー!しげちゃんです。
本日は、函館更生保護女性会の研修会がシルバープラザで盛大に開催されました。
そして、講演と木彫り熊の展示をさせていただきました。
…300人ぐらいを前に講演の大役を果たして、ほっとしながらこれ書いてます。

講演風景
珍しくスーツ


講演は、「八雲における挑戦の歴史〜徳川農場が蒔いた種〜」と題しましてお話しさせていただきました。
いろいろ詰め込みすぎてとっちらかってしまった気もするのですが…要は、徳川農場はいわゆる不在地主の農場ながら、農場側も小作側も家族愛をもった関係を築いた結果、他の地域で小作争議が頻発する中でも農場と小作の間での争議はなく、進取の気性をもっていろんな事業に取り組みながら発展してきましたといった内容です。

それには徳川農場における政策の基本的な考え方、公共性・公益性を重視することがあったのが重要でした。また、小作やそれ以外の村民との良好な関係があったため、八雲片栗粉の暴落で負債を負ったうえでさらに借金して牛を導入して酪農への道を歩き始めたことや、農民美術品(木彫り熊など)を作ろうといわれてのってくる土壌ができたんだと思います。

木彫り熊


木彫り熊は、八雲の毛彫りの熊と面彫りの熊、そして八雲ではない熊を展示しました。…パネルどっかで見たことあると思ったあなた、正解です。こういった展示の時には大体このパネルを持ち込んでいます。

 

アイヌ衣装の展示

他に、ユーラップレラの会も展示をしていまして、みなさん熱心にアイヌの衣服等の縫物をみていらっしゃいました。

多くの方々に八雲の文化を知っていただけて、よかったなぁと思っています。


さて、一つ告知です。

来週水曜日から、雑誌からweb媒体に変わりました『北海道マガジン「カイ」』にて連載中の「カイ×アルキタ まちぶらNAVI」で、八雲町が取り上げられます。

カイのトップページはこちら 

まちぶらNAVIはこちら 

初回は来週水曜日なので、まずは19日をお楽しみに!

よろしくどうぞー。

(投稿者:しげちゃん)

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やっほー!しげちゃんです。
今日はTV番組の紹介と、それに関わる資料館資料のです。
…やけに最近八雲関係のTV番組多いですねぇ。
なお来週ぐらいからは、とあるwebサイトでも特集、始まるみたいですよ?

それはさておき。

八雲町の名付け親で、尾張徳川家第14・17代当主の徳川慶勝。
現在の八雲市街地の基礎を築いた旧藩士族の移住を決めたのも、慶勝でした。
その慶勝が、鳥羽伏見の戦いの後、非常に大きな決断をしています。
それを取り上げた

『英雄たちの選択 明治維新 知られざるデザイナー 〜尾張藩主 徳川慶勝〜』

が、13日の木曜日、20時からNHKBSプレミアムで放送されます。

番組HPはこちら

このリンク先にある、明治期の高須四兄弟の写真。これの背景説明するだけで企画展が1つ作れます。というか、平成25年度に開催した企画展は、この写真のすごさを説明していました。

また、八雲町に移住した士族で、町長も務めた内田文三郎は、生前に慶勝の写真を収めた神棚を祀っていました。

神棚

移住人たちにとって慶勝が精神的な拠り所であったことを示していると思われます。

この神棚については、『集まれ!北海道の学芸員』というHPでコラムを前に書きましたので、詳しくはそちらをどうぞ。

慶勝公の神棚と内田文三郎【コラムリレー第13回】

…英雄たちの選択、ぜひご覧ください。

よろしくどーぞ。

(投稿者:しげちゃん)

 

 

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木彫り熊展示情報〜七飯町歴史館

カテゴリ : 
郷土資料館
執筆 : 
八雲町 2016-10-11 19:04

やっほー、しげちゃんです。
今回は、ウチ以外で木彫り熊を展示している館の紹介です。

今回ご紹介するのは、七飯町歴史館

七飯町歴史館企画展

企画展「集めたり、揃えたり。」の中で、木彫り熊のコーナーもあります。

歴史館の木彫り熊

私が見た感じでは、展示されている熊は、八雲のは茂木と、木彫り熊講座生の作品と思われるものがありました。
それ以外は、堀井流のものと、白老に多くみられるタイプに、大沼公園で彫っていた坂田のものです。
この坂田の木彫り熊は、浜田コレクションの中にもそっくりなもの(同一作者なので当たり前ですが)があって、木彫り熊資料館の企画展で展示しています。坂田が多く作ったスタイルなんでしょうか。
あと1点、一番小さいのは八雲かもしれないし八雲じゃないかもしれない…そんな印象です。

こちらの企画展は、10月23日(日)までです。

木彫り熊以外にも、マッチ箱や、コケシなどいろんな資料が展示されていますので、行ってみてくださいねー。

よろしくどーぞ。

(投稿者:しげちゃん)

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やっほー、しげちゃんです。
ただいま開催中の『浜田コレクション展』から、これは!と思った木彫り熊を紹介しますー。

それではまず1体目。

茂木の木彫り熊

この熊ですが、作者は八雲の茂木多喜治(号:北雪)です。

八雲に昔から住んでいる人でも、この熊はあまり見たことがないのではないでしょうか。
茂木といえば毛を彫った熊が有名で、資料館には毛彫りの熊しか収蔵していません。
でも実は、こういった面で構成された熊も彫っていまして、柴崎のハツリ彫りとは違った面彫りをしていました。
この茂木の彫り方は、次の世代である加藤貞夫や上村信光にも引き継がれています。

茂木が戦前から木彫り熊制作をはじめて、戦争中も非国民といわれながらも彫り続けた結果、八雲の木彫り熊が絶えませんでした。
柴崎が芸術的で孤高の存在であるならば、茂木は菊型毛などの八雲らしい熊を次世代に伝えた人。
この茂木の面彫り熊は、面彫りの中でもハツリ彫り的ではない彫り方があり、加藤や上村の面彫りの熊が突然現れたのではなく、受け継がれてきたものであることを教えてくれます。
浜田コレクションの図録にも載っていますが、実物をまじまじと見ることができるのは11月6日まで。
この機会にぜひ見てください。

よろしくどうぞー!

(投稿者:しげちゃん)

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