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最後のKAI更新と、八雲神社に八雲産業

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郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2017-1-5 19:06

明けましておめでとうございます。しげちゃんです。
スケジュール手帳は、コレだ!ってのが見つからず、とりま半額になってたコンパクト系スマホサイズのモノにしました。

 

去年からずっと更新されてきた、北海道マガジン「カイ」での八雲町特集「まちぶらNAVI」。
昨日公開された「まちの人に聞いて見た「あの風景、この味、お気に入り」。」で、更新終了です。 
今回、実家が酪農家の加藤さんが、高橋さんの飲むヨーグルトを紹介しています。

 

さて、新年初更新は、やはり初詣の話題で。

八雲市街地に住んでいる多くの人が詣でるのは、八雲神社。

八雲神社

新年早々にも行ったのですが、おみくじ引き忘れたので、改めて昼にも行ってきました。

八雲神社
おみくじは健康に注意といふ内容…最近、ビッグになってきて、たまにしか着ないスーツがなかなか厳しいので、気を付けたいと思います。

そして厄除け(?)にお神酒を頂戴した帰りがけ。

木からすっかり葉っぱが落ちていて、八雲産業の事務所が良く見えたので、一枚撮影。

八雲産業

左側の建物は、戦前に徳川農場の事務所として使われていて、陸軍の飛行場建設に伴い曳家して現在位置まで持ってきて、今は八雲産業八雲事業所の事務所として使われている建物。

右側の煉瓦造りの建物は、徳川義親公が八雲滞在の拠点として戦後に建てた、暖炉を備えた建物。和合会の集まりなどで使われているそうです。

今年も八雲に関するアレコレを発信していきますので、よろしくどーぞ!

(投稿者:しげちゃん)

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八雲神社と尾張徳川家の意外ではない関係

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郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2016-12-16 20:19

やっほー、しげちゃんです。

北海道マガジン「カイ」で好評連載中の八雲町の特集「まちぶらNAVI」。
今回公開されたのは「まちの人に聞いて見た「あの風景、この味、お気に入り」。」です。 
くら屋さんがオススメしている、八雲神社についてちょっと小話をば。

八雲神社
本日昼ごろの八雲神社。

熱田神宮唯一の分霊社、八雲神社。
実は尾張徳川家とのつながりも、境内で見ることができます。

まず入ったところにある、「八雲神社」と彫られた石柱。

徳川さんが書きました

よく見てみると、「侯爵 徳川義親拝書」と彫られています。
そう、この文字は徳川さんが書いた文字だったのです。

そして後ろを振り返ってみましょう。

徳川

尾張徳川家第21代当主、徳川義宣氏の名前があります。
ご存知でしたか?

他にも町内には徳川家の方々からいただいた書がたくさんありますので、探してみてください。
よろしくどーぞ!

(投稿者:しげちゃん)

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慶勝由来の鎧を紹介【常設展で展示中】

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郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2016-10-20 22:04

やっほー!しげちゃんです。
今朝、再放送された『英雄たちの選択 明治維新 知られざるデザイナー 〜尾張藩主 徳川慶勝〜』は、ご覧いただけましたでしょうか。
今回は、常設展に展示している、慶勝由来の資料を紹介します。

鎧

これは、常設展に展示している二枚胴具足。八雲の移住者で元藩士の岡野頼の鎧です。

慶勝(当時は慶恕)は、1849年に尾張藩の14代藩主となると、1851年から藩の財政再建や軍政改革を行いました。
ペリー来航以前に開国を求めて外国船がやってくるという情報を手に入れていた慶勝は、国を守るため、特に海防力強化を重視し、知多半島の師崎と内海に砲台を築き始めました。いわゆる鎖国を続け、外国勢力と渡り合える軍事力を整備することが必要と考えていたのです(のちに天皇と幕府を結びつけたうえで開国し、諸外国から技術を取り入れて国力を強化する方針に転換します)。

1854(安政元)年に砲台が完成すると、沖に船を2隻離して浮かべ、それぞれの船の帆先から綱を張り戸板を取り付けて的とし、試し撃ちを行いました。この射手に選ばれたのが当時22歳の岡野頼で、最初の一発で命中させました。
これを見た慶勝は大変喜び、頼に徳川家に保存されていた鎧の材料一式を下賜し、その材料で制作されたのがこの二枚胴具足で、1859(安政4)年12月に完成したそうです。頼は、1868(慶応4)年の戊辰戦争の北越戦争(長岡城攻め)出兵時にこの二枚胴具足を着用しました。兜については、岡野家に代々伝えられてきたもので、江戸時代以前と考えられています。

今は資料として展示していますが、岡野家に伝来していた時は、毎年夏の土用の日に蔵から出して虫干しして手入れを行い、床の間に慶勝が書いた掛け軸「達心志」とともに飾り、御神酒を供えてから蔵にしまうことが年中行事となっていたそうです。

実物はぜひ郷土資料館でご覧ください。

よろしくどうぞー!

(投稿者:しげちゃん)

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徳川慶勝を取り上げた番組が10/20に再放送です

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郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2016-10-17 20:25

やっほー!しげちゃんです。
先週放送された『英雄たちの選択 明治維新 知られざるデザイナー 〜尾張藩主 徳川慶勝〜』は、ご覧いただけましたでしょうか。

 

アヘン戦争で敗北し、イギリスに多額の賠償金を支払い、欧米列強と不平等条約を結ばされた清(中国)の状況をいち早く知り、最初は外国を排除する方向性だった慶勝。

外国の実力を知ってからは、日本全体で一致団結して力を付けるのが重要と考えを改めます。

そして日本を二分した内戦がおこらないように、ひいては外国勢力を引き込まないように行動したことが、「芋に酔ひ候」と慶喜から皮肉られ、当時の朝廷・幕府だけでなく、後の歴史家やノンフィクション作家からも「弱腰」とされてきていました。

しかし、近年見つかった書簡などから見直しが進められつつあります。

この番組は、その「広い視野を持ち将来を見据えた決断をした慶勝像」に基づいていました。

…広い視野を持ち将来を見据えていたからこそ、明治維新後、旧藩士に授産の道をつけるため、また「国家之公益」のために北海道の遊楽部の開墾をさせ、その未来に期待して「八雲」という名をつけたのだと考えています。

さて、この番組、実は今週木曜日朝8時からNHKBSプレミアムで再放送します。
見逃した方は、ぜひご覧ください。
番組HPはこちら

なお、慶勝に興味が出てきた方は、『写真集 尾張徳川家の幕末維新』と『写真家大名・徳川慶勝の幕末維新』を読んでみてください。

参考文献

特に『徳川慶勝の幕末維新』わかりやすい解説でオススメです。
どちらも八雲町立図書館には入ってますので、ご利用ください(宣伝)

あと、英雄たちの選択を見ていると、とある人の後ろに『尾張徳川家の幕末維新』の背表紙が出てきたりするので、探してみましょう。
私は見つけてニヤっとしてました。

よろしくどうぞー!

(投稿者:しげちゃん)

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いろんなところに投稿した記事の紹介

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郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2016-8-25 18:50

やっほー!しげちゃんです。
実は、この資料館ブログ以外にも投稿している記事があるので、その紹介です。

まずは今日投稿した、【道南ブロック博物館施設等連絡協議会ブログ】の記事。

コラムリレー第64回「徳川さんが使ったライフル銃」

ウィンチェスター

こちらのブログは、道南地方にある博物館とかとかの施設に勤めている学芸員が集まって更新しているブログで、単なる展覧会の告知ブログじゃ面白くない!と、週替わりで学芸員がコラムを投稿するようになりました。
それで今日が私の投稿週でしたので、今やってる企画展に因んだ内容をポスト。
なお、ご好評いただいている道新道南版の夕刊についてくる「みなみ風」の「道南学芸員りぽ〜と」(8月12日分には柴崎さんについて書かせていただきました)は、このコラムリレーやアドベンドカレンダーからチョイスされて、リライトされて掲載されてます。

 

もうひとつ、学芸員が集まって更新しているHPがありまして。

それが、【集まれ!北海道の学芸員】です。北海道博物館協会学芸職員部会で運営してます。北海道内のいろんなとこの学芸員や、会の趣旨に賛同していただいている方々が会員です。

こちらでもコラムリレーをやっていまして、ただいま第三回目のお題で投稿が行われています。これはレギュレーションを定めて投稿していまして、文体はで・ある体、文字数は本文で1200字といった制限の中投稿してます。
少々事情ありまして最新の投稿休んでいますが、今週から3週に渡っての投稿がされる予定です。

で、その第三回目のお題「地域の遺産」で、2本投稿しましたのでご紹介。

八雲鉱山と鉱山街【コラムリレー第1回】

街中にある日本庭園【コラムリレー第36回】

特に八雲鉱山の記事については、鉱山小中学校を卒業した人から連絡があり、いろいろお話を聞くことができました。
こうやってつながる縁もあるんですね。

とまぁ、今日、別のトコに投稿して、もう一本書くのもちょいとネタが思い浮かばなかったので、過去投稿した記事をネタにして〆ということで。

よろしくどーぞ。

(投稿者:しげちゃん)

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神社ガールが探すもの@落部八幡宮

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郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2015-5-27 21:10

やふー!しげちゃんです。
落部八幡宮の宮司さんに教えていただいた、「神社ガール」が巡っているパワースポット的な一品をご紹介します。

「神社ガール」でググってみますと、「神社にいそうな女の子」が第一位の検索に来てますが、そっちではなく、「神社仏閣をパワースポットとして巡る女性」のことを指します。…なんか「御朱印ガール」もあるそうで。へー。

その神社ガールが神社で探すものというと、コレだそうです。

六葉金具

「六葉金具」といいます。

よく神社で使われていて、いろんなタイプがあるのですが、これは単なる装飾品ではなく、火難除けの意味を持つ装飾品です。

六葉金具2

 

六角形をしていて、

上の突起から下の突起へ

左上の突起から真ん中通って左下の突起へ

右上の突起から真ん中通って右下の突起へ

 

と線を書くと、なんかの文字に見えませんか?

 

 

 

六葉金具の水

そう、「水」という漢字を表しているのです!

 

そして真ん中のでっぱりは樽の栓のようですよね?

樽に見立てて、抜くと水が出るということを表しています。

 

そして神社ガールのお目当てはというと…

ハートマーク

このハートマークです!

この意味は、愛の力で火を消すとかそーゆーのではなく、イノシシの目を表しています。

正式には、猪目(いのめ)といいます。

なぜイノシシの目なのか?

山火事が起きると、真っ先に降りてくるのがイノシシで、火事を早く知らせてくれる動物ということで、このハートマーク猪目が使われているのだそうです!

金具ひとつとっても、火難除けとしていろんな意味を持たせていて、すごいなぁとお話を伺っていました。

こういうダブルミーニング的なシロモノ好きなんですよね。

ちなみに、神社ガールは、このハートマークが何個あるかでそのパワースポットの格付けしてるとかかんとか…

 

まだ立て替えたばかりで青森ヒバの良い匂いがする落部八幡宮、訪れてみてはいかがでしょうか?
よろしくどうぞー!

(投稿者:しげちゃん)

徳川さんの銅像がナニコレ珍百景に!

カテゴリ : 
郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2014-8-12 20:37

やふー!しげちゃんです。
先週放映されたナニコレ珍百景はご覧いただけましたでしょーか。

徳川さん
徳川さんの銅像

【珍百景No.1960】「偉人の銅像の名前なのになぜ?」 (珍百景コレクションをご覧ください)

ということで、『徳川さん』の銅像が珍百景に選ばれました。

銅像の徳川さんとは、徳川義親さんのことで、尾張徳川家第19代当主です。北海道八雲町に様々な財産をもたらしていただきました。

ざーっとあげていくと

・八雲にペザントアート(農村美術)という概念を紹介し、「八雲の土産品」から「北海道の土産品」にまで成長する木彫り熊をもたらした。
・「酪農は八雲に学べ」といわれた酪農先進地八雲。この発展を、徳川農場を通じて強力に推進した。
・木曽山の研究を踏まえ、徳川農場において山林経営を行った。
・農民の生活改善のために、レンガ造りの家や暖炉の家、ストーブなど導入した。
・公民館のところにあった高等国民学校の校長を勤めた。
・旧制八雲中学校建設の際、建築費の大半を寄付した。
などなど。

名誉町民第1号に選ばれた際、町民有志が集まって建てたのがこの銅像で、制作者は昭和から平成に活躍した柳原義達さんという彫刻家です。

除幕式
除幕式の写真。前列右から3番目が義親さん、その隣の4番目が柳原さん
(最初、前列右から二番目の人物を誤って紹介しておりました。正しくは田仲町長(当時)です。訂正し、お詫び申し上げます。)

除幕式は、義親さんにもご出席いただきまして、盛大に開催されました。

なお、今回紹介されていたスイスの木彫り熊やそれを参考に八雲の酪農家・伊藤政雄さんが作った北海道第1号の木彫り熊、そのほか大正末から第二次世界大戦前に制作された木彫り熊は、現在札幌市にある道立近代美術館で開催中の、「徳川美術館展〜尾張徳川家の至宝」と同時開催されています「木彫り熊のルーツはここにあった!〜尾張徳川家と北海道八雲町の深いかかわり」で展示中です。
そちらもぜひどうぞ。
最近、近美で見たので木彫り熊資料館来ましたって方が多くてうれしい限りです。

後ろから
除幕式の様子。300人以上集まったそうです。

ちなみに、徳川美術館を作ったのも義親さんなら、尾張徳川家のお宝を財団法人を作って一括寄贈したのも義親さん、巻物状態だった源氏物語を切断して保存することを決めたのも義親さんですし、小牧山を小牧町(現、小牧市)に寄贈したのも、徳川園を名古屋市に寄贈したのも義親さんです。海外では、第二次戦争中にシンガポールのラッフルズ博物館植物園を戦火から守るだけでなく、資料整理を行って返還するなど、とても広い視野を持ち、自分の信念に沿って行動された方でした。

せっかくなので参考文献をご紹介しておきましょう。

・『友情は戦火をこえて-博物館を戦争からまもった科学者たち-』石井美樹子著
子供向けに簡単に書かれた本。戦争からラッフルズ博物館植物園をどうやって守ったのか。

・『思い出の昭南博物館 占領下シンガポールと徳川侯』E.J.H.コーナー著、石井美樹子訳
上の本の新書版で大人向け。

・『最後の殿様-徳川義親自伝』徳川義親著
義親さんによる自伝。読みやすく、義親さんのお人柄が出ています。

・『伝統工芸の創生-北海道八雲町の「熊彫」と徳川義親』大石勇著
木彫り熊が誕生した経緯と、その発展について書かれた論文をまとめて単行本にしています。

・『殿さまのひとりごと』徳川義宣著
義親さんの言葉が引用されていたり、八雲に対する義宣さんの思いが書かれています。

・『三訂八雲町史』八雲町
いろんなところに義親さんや徳川農場の話が出てくるので、まとめ直してみるだけでもかなり勉強になりますよ。
…校正、大変だったなぁ(遠い目

以上の本は、八雲町立図書館にて読むことができます。
また、8月の本の特集コーナーでは尾張徳川家と愛知県関係の本が並んでますよ。

そんなわけで、夏休みの自由研究に、義親さんを研究してみてはいかがでしょーか。
よろしくどうぞー。


(投稿者:しげちゃん)

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開幕!徳川美術館展!

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郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2014-7-6 17:20

やふー!しげちゃんです。
さあ始まりました『徳川美術館展〜尾張徳川家の至宝』!
昨日開かれた開会式や展示室の様子をお伝えします。

開会式は、近代美術館のロビーにて開催されました。

開会式
開会式の様子

八雲町からは、岩村町長、能登谷議長、瀧澤教育長たちが参加し、八雲町観光大使の伊吹吾郎氏にもご臨席賜りました。

テープカット

そしてテープカットの後、内覧会へ。

展示会場では、特別展示として、『尾張徳川家と北海道八雲町の深いかかわり展』も開催しております。
まず、尾張徳川家第17代当主の慶勝公が主導し始まった旧家臣団による遊楽部川下流域の集団開拓移住について、慶勝公が亡くなる3ヶ月ほど前に八雲に送ったと思われる書付を展示しています。

書付
書付を見る町長

本文を読むとなかなか手厳しいことが書いてありますが、慶勝公が開拓について期待していたことがわかります。

次に、第19代当主の義親公がスイスから八雲に持ち込んで、農民たちに制作を勧めた木彫り熊を展示しています。

木彫り熊を見る二人
展示をご覧になる徳川館長と伊吹氏

大正13年の農村美術工芸品評会に出品された北海道第1号の木彫り熊や、その参考となったスイスの木彫り熊をはじめとし、昭和初期に八雲で作られた作品群と、スイスの作品を展示しています。
特に、展示番号8の熊のスケッチと展示番号9の熊の学校は、八雲町木彫り熊資料館からの出展ではないため、この展示会終了後に木彫り熊資料館で見ようと思っても見られません。
この機会にぜひご覧ください。

なお、八雲町からこの展示会へのバスツアーを実施することとなりました。
日程は、7月31日(木)、8月2日(土)、3日(日)です。
国宝の源氏物語絵巻が展示されていない時期ですので、ご注意ください。
詳細は広報やくも7月号をご覧ください。

よろしくどうぞー!

(投稿者:しげちゃん)

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徳川美術館展まであと4日

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郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2014-7-1 21:00

先週報道があった件ではたくさんの皆様にご迷惑をおかけしております。
今回の件を重く受け止め、町の信頼回復のために一職員として粛々と業務をこなしてまいりたいと存じます。

さて、早いもので、もう7月に入りました。
7月5日の土曜日からは、札幌市の道立近代美術館にて徳川美術館展 尾張徳川家の至宝が開催されます。
私の前エントリにて八雲町も展示に参加させていただくことをご紹介しました。
先月、美術梱包を担当している業者さんがやってきて、現在も尾張徳川家当主が社長を務める八雲産業株式会社からお借りしている資料を梱包し、近代美術館へと運んでいきました。

運びだし

こういった梱包というのは我々よりも場数をこなしている業者さんたちのほうがはるかにうまく、立会しながら技を観察させていただきました。
梱包された後、無事近代美術館へと届けられ、展示されます。

今回の「木彫り熊のルーツはここにあった!〜尾張徳川家と北海道八雲町の深いかかわり」出展品は、義親公がスイスから持ち帰ってきた木彫り熊を含んだ民芸品や、その這い熊を参考として八雲の酪農家伊藤政雄氏が作った北海道第1号の木彫り熊、そして昭和初期に八雲で作られた木彫り熊たち、さらに義親公がアイヌ文様とユーカラ「銀の滴降る降るまはりに」を彫ったお盆もあわせた29点です。
また、個人蔵のスイスで作られた熊の学校、八雲で作られたスケッチしている熊も展示されます。

そして八雲にとって大きな意味があるのは、東京都にある徳川林政史研究所から出展される「書付 徳川慶勝」です。
これは明治時代に八雲開拓を主導した徳川慶勝公が、亡くなった明治16年頃に自ら筆をとった書付(書状)で、八雲に対する慶勝公の思いが綴られています。
この書付はピンク色をした紙で、去年名古屋市にある徳川美術館で行われた「徳川慶勝 知られざる写真家大名の生涯」(平成25年の展示で、もう終了しています)でも展示されていました。
(この展示作品リストや図録で書付は明治11年の筆となっていますが、正しくは明治16年頃です)
なお、この書付の論文での初出はおそらく2010年で、広く全文が公開されてからあまり日が経っていないと思います。
この機会に、ぜひご覧ください。

なお、近代美術館での展示のため、八雲町木彫り熊資料館の展示室では、一部の作品が写真展示になっております。
ご了承ください。

よろしくどうぞー!

(投稿者:しげちゃん)

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ユーラップアイヌの衣装が寄贈されました

カテゴリ : 
郷土資料館 » 八雲の歴史
執筆 : 
八雲町 2014-6-23 20:37

 6月18日(水)に、アイヌ刺しゅう愛好団体「ユーラップレラの会」(椎久幸子 会長)より、町などにユーラップアイヌの首長 椎久年蔵氏が晴れ着とした復元衣装などの寄贈がありました。

 町に寄贈された衣装は、実物が市立函館博物館に所蔵されている椎久年蔵氏が着用したとされる衣装で、オバマ米国大統領に贈った衣装と同じ柄の色違いのものです。大統領に贈ったものは紺地ですが、予備に制作された茶色地のものが町に寄贈されました。

 郷土資料館には、実物が市立函館博物館に所蔵されている衣装3着で、いずれも椎久年蔵氏が着用していたとされる衣装です。ルウンペ(木綿衣)と言う種類で、内浦湾(噴火湾)沿いの八雲から虻田、長万部地方に多く見られる衣装とのことです。寄贈された衣装は、郷土資料館常設展示室に6月24日(火)より展示する予定です。

 また、山車実行委員会に寄贈された衣装は、実物がペンシルバニア大学考古学人類学博物館に所蔵されているヒラーコレクションの復元衣装3着で、明治34年に白老や平取、室蘭周辺で収集された衣装とのことです。

 

椎久コレクションの衣装1

椎久コレクションの衣装2

椎久コレクションの衣装3

郷土資料館に寄贈された復元衣装3着

(一番上の衣装がオバマ米国大統領に贈った衣装と同じ柄の衣装)

 

投稿者:しんちゃん

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